ラベル △日常の・・・ 出来事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル △日常の・・・ 出来事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年11月23日金曜日

彼の残したもの

祭日の今日から友人の個展が始まりました。いろいろやりくりして千駄ヶ谷へ向かいます。

駅前は何やら工事中の仮囲い、槙さんの体育館にも近づけません。将棋会館を横目に坂を下りるとこちらも工事中の新国立競技場。隈さんの設計に異論はありませんが、ダイナミックなザハ案に期待していた身としては残念な思いが残るのも正直なところ。

その後、昔勤務していた事務所跡周辺を散歩しながらギャラリーへ

坂の途中にある小さなギャラリーは明るく清潔、既に知人達が来て作品を鑑賞中でした。彼らに会うのも何十年ぶりかで、こんな機会でもないと顔を合わせることも無かったかも。入り口近くに飾られていた生前の写真に懐かしさがこみ上げてきます。

ゆっくり作品を観て回りますが、やはり私には彼が人生を掛けて残そうとしたものを読み取ることができません。それでも彼の茶目っ気がちりばめられた作品にホッとしながら...

道を外れて佇む鳥が、実は本流の端にいて、見上げる先の広い空に思いを馳せる...耳を横に向けながら射貫くような眼を向ける猫...

そんな感情移入してしまいがちな想いでいると...「ハハハ、そんなこと関係ないよ」って声が聞こえてきそう。

 来客に対応している奥様とお嬢さんの姿を見れば、この作品達こそが素晴らしい贈り物。「未完」の作品には伝えたかった感謝の気持ちが溢れ出しそうです。良いものを残したね。

ポストカードになった作品を戴いてギャラリーを後に。
果物を並べて描いた絵が好きだな...バナナの左の3つと右の小ぶりの1つは何を...なんて考えなくて良いんだな、モニターでは出ない色が輝いていたよ。

おつかれさま



本日のBGM:Nokie Edwards "Vincent"

2018年8月28日火曜日

友人の個展

個展の案内が届きました。

友人だった彼の訃報はあまりに突然でしたから、9か月余り経ってもまだ実感がわきません。

奥様からの手紙によれば、告知を受けてから2年半の間に描いた絵を本人の希望を叶えたく計画した、との事。胸が詰まる思いです。


 私は芸大でも篠原研でもないので彼と特別懇意だったというわけではないのですが、設計製図の指導をしていた頃の講師仲間としては、お互いちょっと異端なところがあって妙なところで意気投合したり感覚の違いに感心したりで、会うのが愉しみでした。

駆け出しの頃、仕事の応援を頼んでウチに来てもらったり呑みに行ったり・・・思い出すのは、いつも飄々とマイペースで何よりスタイリッシュ。独特な雰囲気を纏っていました。


絵心のない私には”最晩年に絵を描く”ということの人生の意味を理解することができません。

自分はいったい何をしたかったのか、何をしようとしてきたのか。その答えを出す時期に至った今、彼の個展で何を感じられるのでしょう。


また、あのクリクリっとした眼でさ、バツの悪そうな顔で微笑んでくれよぉ・・

2017年5月31日水曜日

訪れる日々に

長い間更新もせずに放置しておりましたが、また少しづつ・・・

この春に父が他界して早2か月、一向に片付かないまま5月のそよ風も過ぎてしまいそうです。

4年ほど介護を続けて来ましたが、同年齢の母には今まで以上に幸せな日々を過ごしてもらいたいもの。温泉巡りでもと思いながら・・・

介護生活は思いのほか大変ですが、聞くと見るとは大違い、バリアだらけの自宅にも唖然としつつ”昔はものを思わざりけり”な日々。本気で引っ越しも考えつつ、友人たちの介護経験談に随分と助けられ、とにもかくにも慌てずに続けています。

爽やかな季節、青空の下、力強い木々の緑の中を走り抜けるのも良いなぁと準備は着々。
気が付けば自分自身も十分な高齢者:-) シルバーマーク?を付ける前に遊びまわっておきましょうか:-)


本日のBGM:Hank Marvin ”Traveling Light”
本日までの走行距離:63,500km(O_O);

2015年12月31日木曜日

今年は淡々と過ぎて

もう大晦日、忙しいわけでもないので今年は「気が付けば・・・」という感じはなく淡々とやって来た印象。目標を立て予定を組んでという事はなく、次々と目の前で起きることに淡々と対処して・・・なので私の今年の漢字は「淡」だったでしょうか。振り返るほどのことでもないのですが:-)

そんな中で嬉しいニュースといえば、なにより大村教授のノーベル賞受賞でした。プロフィールが報じられた時、若いころ工業高校定時制の教員をしながら大学院で研究者の道を目指していたことを知り大変に驚きました。置かれた環境に嘆き、焦り、挫けてしまったに違いない不心得者としてはその志の高さに打たれずにいられません。

結果を残した人というのはエピソードにも事欠かないようで、たくさんの特許を研究費に結びつけたり美術館を建てたり人材育成に力を注ぐなど、もうその雄大さに圧倒されるばかりです。

絵に描いたようなエリートが次々に失敗していく中、大村先生の活躍は私にとっても格別に光るもので、いつか友人の研究者が同じ賞の候補に上がるのを楽しみにしています。


幻となった新国立競技場のザハ案については、昨年のシンポジウム少し前に、槇さんの提言に批判的立場だった私は某所で結構激しく罵倒されたのを思い出します。ちょっと異常な反対運動だったように感じたものでした。

最初のコンペ審査前の雑誌アンケートではザハ案とSANAA案に人気が集まっていましたが、ザハ案当選時はコックス案が2等。しかし白紙撤回後の再コンペには3者とも不参加。結局、コスト再優先に変わり、はたして槇さんの希望通りになったのでしょうか。


淡々と・・・と言いながらもいろんなことが次々に起こり、いつも何かに怒っていた1年でもありました。大村教授はインタビュー番組の中で、亡き奥様に言われた「怒るな、働け」という言葉を大事にしていると笑顔で仰っていました。怒ってばかりの凡人にはとても真似できませぬ:-)

今年も年賀状も書かず大掃除もそこそこに暮れていきます。来年こそ、良いお年を!


本日のレコード
 Ella Fitzgerald sings The Georg & Ira Gershin Song book
 (ジャケットは、昨年亡くなった叔父が好きだった Buffet)

2014年12月12日金曜日

気が付けば年の瀬

あっという間に12月、もう年末の慌ただしさが迫ってきました。前回書いたのが夏直前という有様で、この間、新国立のことなど書きたいことがいくつかあったのに紛れてそのままに。

今年は高齢の両親をみるために生活が一変しまして、このまま年賀状の準備もできずに暮れそうです。その節は御無礼の段ご容赦くださいませ。
仕事の一部を3Dモデルに整理する話もあったのですがこれも未完のまま越年となりました。


夏以降は愛しのBROMPTONも出番が無く、近所の買い物にはカゴ付きのママチャリに乗るという体たらく。購入しておいた純正?の裾バンドもお預けで”Brompton in Palace”にも参加できずじまい。なんとも心残りではあります。

忘年会に誘ってくれた皆様、新年はゆっくり呑みたいと思っています。ではまた、改めてm(_ _)m

走行距離:00.00 km
最高速度:00.00 km/h

本日のBGM:Julie London "GOOD LIFE"

2014年6月6日金曜日

新国立競技場を目指して

5月最終日は国立競技場でファイナルイベントが行われたとか。私も1日遅れで最後の勇姿を見に行ってきました。折角のお天気なのでBROMPTONでスタート。

6月1日というのに猛暑日(O_O); 途中鳥越の祭りを横目に日陰を選んで散走するも九段から四谷辺りまでは結構な坂道で久しぶりに自転車で汗:-)

20代の後半はこの近くの事務所に勤めていたので良く歩きました。外苑前・千駄ヶ谷・原宿の3駅はいづれも通勤で利用した駅。空の見え方の記憶が蘇ります。

昨年、槇文彦氏が新国立競技場案に異議を唱え100人を超える発起人・賛同者を集めて要望書を提出。しかし、街で耳にする意見は驚くほど建築界に厳しいものでした。「何を今さら」「散々利権だらけの箱モノで稼いできたくせに」「コンペなんて出来レース」等々。勿論見当はずれの意見もあるのですが、日本の建築家が私の思うほど尊敬されてはいないことに愕然としたのです。

一方、関係者等からはザハ案に対する厳しい批判が目立ち、コンペの審査員・事業主体・関係官庁も含めた大攻撃になりました。そんな中、審査員の一人だった内藤廣氏が発表した、いわゆる内藤文書も批判を受けてしまいます。

そして5月末に規模縮小された基本設計(案)が公表されると「当選案からの劣化がひどい」「結局誰も喜ばない結果」など修正された案が更に批判を受ける事態に。審査委員長だった安藤忠雄氏はこの基本設計(案)を評価しているそうですし情報公開・説明をもっとするべきとの立場でコンペの審査過程もあらためて公開されるに至ります。

正直なところ、この辺りには伝統とか古き良き東京などという印象を持ちません。内苑と違って新しいものが受け入れられる新興商業地だったり文化・スポーツエリアというイメージ。下町とは高級さが桁違いですが:-)

なので、審査員に鈴木博之氏が入っていたことには大きな意味があったはずと考えていました。しかし今年2月3日、何も語らないまま他界されてしまいます。今更ながら御冥福を祈ると共にこの騒ぎをどう思っておられたのか知る術のないのが残念でなりません。ただ師の講座を聴いただけのダメ学生だった頃も思い出しつつ、外苑の歴史をコンペ要項や審査にどう反映させようとされたのか、何か感じられるものがあるのか自問しながらただゆっくりとこの地を巡って来ました。

内部から足場材の音が響く競技場の周りには数人の方々が写生をしています。「残せ」と言う意見も強く聞かれる中、この勇姿は絵となって確実に残り、そこには描いた人の今の思いも込められ記憶されていくのでしょう。


走行距離:29.12 km
最高速度:27.79 km/h
乗車時間:3h 27m
本日のBGM:Paul Desmond "Bossa Antigua"

2013年2月20日水曜日

神田の藪

驚きました。神田の薮そばで火災。大正時代の木造建築で、店に入るだけでホッとするような懐かしさがあり蕎麦の味を引き立ててくれていたのに。

以前はここから歩いて行ける距離に事務所があったので、たまにはノンビリとお昼を食べに来たり打ち合わせを兼ねて一杯呑んだりしていたことを思い出します。
いつも大勢の客で賑わい活気があって、なんだか正真正銘の江戸っ子になったような錯覚に陥ったりして照れ笑いしたのが昨日のことのようです。

この近辺は、鍋、甘味、洋食など古い建物で営業続けている店があって有名な場所。一軒食べると次々はしごしたくなって困るほどですが、藪はその中心でしたからなんとも残念な思いでニュースを見ていました。画像を送ってくれた知人も「消火中は近づけなかった」そうで、消防士の皆さんご苦労さまでした。江戸時代の消火なら跡形もなく叩き壊されていたのでしょうが塀も建物もなんとか残っているのが痛々しくも有難い気持ちです。

この建物は復元できないのでしょうかね。もちろん秘伝のそばつゆを残念に思っている食通の方も多いでしょうが店の雰囲気が何よりの御馳走だったので無くなってしまうとしたら残念でなりません。

都会の古い木造建築は次々に火に強いものに建て代わってきました。残すことの全てが良いとは思わないのですが残って欲しい建物のひとつだったことを改めて思い知らされます。

もし解体されたら、何が建っていたのかあっという間に忘れ去られるのが常。私の記憶からは決して消えませんが、やはりもっと通っておけば良かったと後悔の念だけが湧いてしまいます。

古いものを大切に使い続けるというのは大変なことなのだと思います。だからこそそれ以上の味わいを返してくれるのではないかと。
古いものを大切にしてくれている方々に感謝しつつ、今夜は懐かしいレコードでも聴きながら通っていた頃に想いを馳せると致します。

2012年12月30日日曜日

今年のニュースは

昨年に続き今年も重大なニュースがいくつもありました。そのほとんどが暗澹たる思いにさせるようなものばかり。その中でひときわ明るく光ったニュースが 山中伸弥教授のノーベル賞受賞。

研究に対する倫理観や仲間への思いやり、受賞時のコメントなど、どれもが日本人としての誇りを感じさせてくれるもので、祝福と同時に感謝の思いを抱かせてくれる嬉しいニュースでした。


同じ医学に関することでは、2月の天皇陛下心臓バイパス手術成功のニュースに本当に安堵したものです。執刀した順天堂の天野教授の「神の手」には、尊敬より憧れに近い羨望の思い。医者という仕事の素晴らしさを我が身と比して更に強く感じられました。


しかし今年一番の重大ニュースはなんといっても 李明博の竹島上陸後の天皇陛下に対する無礼発言 です。これだけは断じて許すことはできません。日本人のDNAに直接働きかけたのではないかと思うように反韓・不買運動が巻き起こったのも当然。尖閣問題での中国の反日暴動と続き、反韓・反中運動がうねって行くのを実感しました。

そもそもニュースを伝えるテレビ・新聞などマスコミのほぼ全てが反日偏向報道をしている事実。それを知った若者たちが黙って言いなりになるはずがありません。10年を過ぎて動き出す時が来たのでしょう。

暗いニュースを書き出すとキリがないのですが、暮れの選挙で安倍自民党が圧勝、それまで反日法案を次々と推し進めていた政権が終わったこともホッとしたニュース。問題山積ながら今までの3年半の悪政を改め旧体質も吹き飛ばして誇り高い日本に向かって欲しいと思います。


さて、今年手に入れたものはと言えばiPadMini
その前に機種変した黒のiPhone5もそうですが、iPadよりもグンと軽い手応え。これは重要です。サイズ的には好みが分かれるところですがこの軽さは使用頻度の向上に貢献しそうです。

Apple製品はFLASHが動かないのでiPadを躊躇っていたのですがPuffinというブラウザがなんとか使えると教わり直ぐに注文。円安が進む前で良かったかも(^^ゞ Retina版が待ち遠しい年の瀬です。


ここ2年ほどつらいニュースが続き書き込む気力も失せてしまう状態でした。気がつくと21世紀になってからあんまり良いことがない気もするのですが、来年は希望の持てる良い年になりますようにと祈りつつ・・・これから大掃除でございますm(_ _)m

2012年5月4日金曜日

スカイツリー開業前内覧

放ったらかしのまま気がついたら半年近くも過ぎていたので慌てて更新です:-)


昨日、開業前のスカイツリーに両親が招待され内覧して来ました。少し内部の様子を聞こうかと思ったのですが、あいにくの天気で全く外は見えなかった模様。写真は、展望デッキが見えていますが登った時は完全に雲の中。一周してすぐに下りてきたようです。ただ登ったという記憶だけの残る内覧会になってしまったのは残念でした。

日時指定の入場券を入手される方は、なにより天気が心配でしょう。にわかに観光地と化した近辺には、写真右下のように人力車も隅田川を越えてやって来ています。後ろに小さなてるてる坊主を下げて軽やかに通り過ぎる・・・車夫の皆さんにとっても晴祈願なのですね。

当日もらってきた小さなパンフレットを見ると、フロアに地上からの高さが付けられて、フロア350やフロア345のような名称になっています。階数じゃないので迷子になったら慌てそう。展望回廊にはスロープ状の回廊があるわけですが、この順路が登り指定。自由に歩きまわることはできないようです。階高が概ね5mとして、高齢者にはちょっとキツイでしょうねぇ。

ご案内の通り、2つの駅に挟まれる敷地に建っていて、位置は中央付近ですから駅から200m以上は歩きます。両親も「緩い下り坂が続いて大変だった」と言っていましたから、御高齢の方をお連れになる時は是非準備と余裕を持ってお出かけになるのがよろしいと思います。

開業を控えた内外の店舗関係はもちろんのこと、地元の連合町会でもオープンイベントに参加予定のお囃子や踊りなど練習に余念がありません。日に日に増え続ける観光客のマナーの悪さにムッとしながらも、ビッグプロジェクトが動き出す時のエネルギーの凄さを間近に感じて、やはり圧倒されてしまう今日この頃ではあります。

それにしても入場料高いなぁ:-)

2011年12月30日金曜日

それでも時は過ぎて

厳しい一年が過ぎようとしています。恒例の十大ニュースを見ればどれもなるほどと思うものばかり。しかし平成23年は東日本大震災のショックがあまりにも大き過ぎました。原発のその後にも暗澹たる思いで呆然としたまま。被災地の方々を思えば直接被害の無かった私は幸運に違いないのですが、何かが違うと感じるのです。年賀状を出す気にもなれず、新年に頂戴した方にのみお返しすることにしました。御無礼ご容赦下さいませ。



十大ニュースの中に「大阪新市長選に橋下氏圧勝」がありました。とは言え元市長に52万票も入ったのですから圧勝とは言い難いところ。しかし大事なのは、既得権益者・既成政党・マスコミがこぞって反橋下キャンペーンを張ったにも拘わらず堂々たる勝利を収めたこと。リーダーの条件は「次に何処へ行くのかを明確に指し示す」ことだと聞きます。橋下氏の主張はなるほどと頷く事が多いのですが、これは私が東京人で府政に無責任だからでしょうか、既得権益者ではないからなのでしょうか。

橋下氏圧勝の理由のひとつにネットの存在があることは間違いありません。マスコミに捏造されたブームや報道されない事実などが次々に明らかになり、現在起きていることがリアルタイムで駆け巡っているのですから、デジタルネイティブが有権者になった今、安直な情報操作など既に無意味になっているのでしょう。

今年ある会合で、既得権を少し抑えて公平に近づける提案をしました。採決の結果は1票差で否決。なぜこの提案をしたか説明をすると理解を示してくれるものの既得権を手放す人は殆どいませんでした。それが本音なのでしょう。以前、ある有能な研究者が「多数決の横暴」と評したことを思い出した瞬間でした。大阪の既得権は桁違いですから、これからどう実現してゆくのか大変興味深い。マニフェストを全く実現しない政党が政権を摂っている不幸ももう限界。官僚統治からの移行に期待します。




この厳しい一年の中で「なでしこジャパン」の活躍は嬉しくも誇らしい快挙でした。中でも、決勝で対戦したアメリカのゴールキーパーが宮間選手を最高の友人と評したことにはジーンと来るものがありました。PK戦で勝利した時にまず相手キーパーに歩み寄り健闘を称えた宮間選手の行動をアメリカ人にも理解されていることが嬉しく思えたのです。日本人であることの誇りを若いなでしこに教えられるなんて有難いことです。

そんな「惻隠の情」なぞ全く通用しそうに思えない国々に囲まれて、明るい未来を思い描けないまま、今年も静かに暮れて行きます。

2011年10月23日日曜日

タイ洪水被害の寄付

タイの洪水被害がバンコクに及びさらに続くとの報道、とても心配です。こちらの大震災の時も援助してくれた親日国、少しでも役に立ちたいと思い義援金の受付先を探してみると、予想外に少なくて驚きます。

とりあえず近くではコンビニ2店(ファミリーマートとセブン・イレブン)に募金箱が設置されていましたので一安心。こちらは東京なので直接大使館へというのが一番確実かも知れないと思い大使館のホームページを見たところ、受付銀行口座が出ていました。本国への第1回の送金は終了したとのことですが、引き続き11月末まで寄付金の受付をしていて、大使館にも募金箱があるようです。大使館の寄付金受付ページは以下からどうぞ

タイ洪水被害者救済のための寄付金受付について

被害面積は本州と同じほどの面積に及ぶとのこと、少しづつでも長い応援が必要と思います。親日国は応援したい!

2011年10月6日木曜日

Visionary スティーブ

朝からジョブズを悼むニュースで持ちきりでした。Apple社のCEOを辞めたばかりで体調の悪さは噂されていたものの誰も想像したくない結末。改めて成し遂げてきたことの大きさに驚きます。心からご冥福を。


私はジョブズのファンではありませんが、彼が世に送り出した製品に魅せられ続けてきました。AppleⅡは高価で手が出ず、ようやく手に入れたSE/30から、Macが発信している ”使える”ではなく”使いたくなる”道具 の魅力に引きこまれて今もiPod・iPhoneへと続いています。

魅力は何かと考えたとき「革新的美しさ」と言ったら短くし過ぎでしょうか。研ぎ澄ますというのか削ぎ落とすというのか、日本的美意識に近いものを強く感じています。経済的合理主義とこの美意識は常に対立していたのかも知れませんが、妥協のない革新的製品を One more thing と言って取り出す魔法に熱狂するシーンが思い出されます。


こんな日ですからスタンフォードでの有名なスピーチ映像を探してみました。膵臓癌手術の後でもあり、心に響くエピソード・名言に溢れています。他の人から言われたら反発しそうなことも、穏やかで誠実な話しぶりに誰もが頷いたことでしょう。若き日の傲慢さは微塵も感じられず・・・



「人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ」

そのスピーチのものではありませんが、これは彼の名言の中でずーっと気になっているもののひとつです。と同時に得心がいかないままでもいるのですが、それを確実に実行し続けた天才がジョブズだったことは疑う余地がありません。製品で世界が変えられることを証明した・・・彼を一言で表す言葉が見つからず追悼記事をながめていたら・・・

tech visionary

英語のニュアンスは分からないのですが、この visionary という単語が妙に腑に落ちる気がしました。いつも先を見ていたスティーブ、足元を見誤ることはあってもその先は正しかったとしたら紛れも無い天才。さらなる先を若いスタンフォードの学生に託そうとしていたのでしょうか。昨日の出来事は世界中の更に多くの若者に伝えたのではないかと思います。


2011年9月24日土曜日

超光速ニュートリノ発見?

昨日は久々に興奮しました。たまたまネットでニュースを見ていたら「CERNが光速超える粒子発見!」の見出し、もう仰天でした。記事では「アインシュタインの相対性理論ピンチ!」と書かれていたのですから、これが本当なら今までの常識が覆ることになります。といっても相対性理論を理解できていないので常識のハードルがちと高すぎますが。

写真は23日夜のCERNライブセミナーのひとコマ。英語も内容も解らないまま2時間ほどのwebcastを見ていましたが、立ち見の人もいて相当な研究者がつめかけていた様子。一般人にも公開してくれるのは有難いことです。正直なところ、もっと盛り上がるというか、ざわついた雰囲気になるのかと期待していたんですが、淡々と1時間ほどの発表、残りの質疑応答もやはり淡々としたものでした。

セミナーから一夜明けて「超新星爆発の時の測定結果と違いすぎる」とか「artifactの可能性が高い」など疑問視する声も聞かれます。こちらは素人なので、すぐに「タイムマシンも可能?」なんて見出しに飛びついてしまうわけですが、そんな簡単に夢物語に繋がるはずもないことは百も承知。それでもスーパーカミオカンデでニュートリノに質量があることが確認された時も光速の不思議に首を傾げたものです。

友人の科学者が言っていた「教科書に載っていたのは間違いだらけ」を思い出し、今後の展開を楽しみに待つことに致しましょう。


2011年8月17日水曜日

SACLAの夢

昨夜、あるニュース番組でSACLAが紹介されているのを見て仰天しました。X線自由電子レーザー照射施設が完成し公開された・・・とのことでしたが、とにかく原子のレベルでモノが見えるようになるのだとか。化学は全くの門外漢なのに、それがとんでもない可能性を秘めていることが分かる気がしてワクワクしたものです。

なにしろ科学は好きでも化学は苦手。オングストロームなんて高校以来まるで縁のない日々ですから、200倍の顕微鏡でレコード針の先端を覗いて喜んでいるのが関の山。いきなりフェムト秒なんて単位を聞いてもチンプンカンプンです。そもそも昔の知識では「測定しようとして光をあてると対象物が影響を受けて測定結果は真実を現さない」ような本を読んだ記憶も蘇ります。

実は今、見てみたいものがあります。それは空気。
空気の中はどうなっているのか。窒素や酸素、水蒸気の分子がフワフワしているのか、熱くなるとどう振動するのか、その隙間には何があるのか・・・宇宙のダークマターみたいなモノは・・・ないのか
ついでにもう一つ。素材を削っていく時、極限まで薄くしていくと素材の分子厚より薄く削ることは可能なのか・・・素人の疑問は際限がありません(^^ゞ

これまでも、隣接する円形のSpring-8という施設では放射光を使った研究がされており実際の製品開発に役だっている、ことも紹介されていましたが、SACLAの完成で更に「ノーベル賞クラスの発見が次々に起こるだろう」とも。日本の技術力を支える重要な研究が進んでいたことが嬉しくもありました。




2011年4月1日金曜日

液状化の今後

舞浜・新浦安エリアへ行ってきました。液状化被害が早くから報道されYouTubeで映像も見ていましたから大体の様子は分かっているつもりでした。既に3週間近く経っているので復旧も随分進んでいるように見えたのですが・・・

舞浜在住の友人の案内で自転車で移動。泥土の撤去が進んだ住宅街でも沢山の塀が傾いたままで、エリアによっては傾いていることがはっきり分かる住宅が並んでいるところも。今も家のポーチを箒で掃除している住人の方を見るとお気の毒でカメラを向ける事もできません。

道路にはあちこちに下水作業車が見られます。下水管の中で流れの良くない部分をマンホールから汲み上げているようでした。友人によれば、この2週間で一番嬉しかったのは「自宅のトイレが流せるようになったこと」だそうで、近所の公園などには今も仮設トイレが並んでいました。大きな通りの歩道には仮設の給水管が引かれていてポリタンクに注水している住民の方の姿も見かけます。それでも、上水はまだ良いそうで、下水が使えないのは本当に辛かったとのこと。顔を洗ってもその水を庭に運んで捨てねばならず、寒い夜に公園の不衛生な仮設トイレに行く・・・想像するだけで気が滅入ります。


斜めに沈下した交番、傾いた電柱や標識、60cm以上も舗装面と段差ができてしまったショッピングセンターやホテル、飛び上がっているマンホール・・・報道されているとおりなのですが、不思議なのは被害の大きいエリアとそうでないところが入り組んでいて、道路の左右で違ったり、同じ住宅地でも特定の通りに沈下が目立つものの、開発時期の同じ地区全体が被害を受けているようでもなさそう。住宅地では確かに古い開発地域は被害が少ないようなのですが実際の埋立・開発時期との関係は明確には感じられませんでした。大通りと裏道ではかなり印象の違うところもあり、今後の専門家の判断に期待します。

この湾岸エリアは「日本のLA」と言われていたほど人気があり、特に舞浜エリアは高級住宅地でそろそろ建替時期にも差し掛かっています。現に、新しい住宅を建て入居直前に震災にあった建物や地鎮祭の竹笹が立っている区画もありました。液状化については購入時から可能性を指摘されていて多少なりとも覚悟はしていたものの、実際に起きるとまでは思っていなかったというのが本音ではないでしょうか。しかしそれが現実になると、これから先また液状化被害に遭う恐れはないのか、という心配から住み続けることに懸念を抱いている人も多いはず。友人からも「一度液状化が起きれば以前よりも締まって心配は減るのでは」ということも質問されました。私は地盤の専門家ではないので明確な回答はできませんが、住民の方は、そういった不安や希望的観測が入り交じり夢を持った楽しい家づくりを考えることが難しい時期。仮に専門的な裏付けがあったとしても、説得と納得は違うので、可能ならば気持ちが落ち着く時間を取って欲しいところです。


この写真は耐震性飲料用貯水槽なのですが残念なことにマンホールが飛び上がってしまい期待通りは機能しなかったのではと想像します。浦安市は今回の災害でインフラ復旧と対策の貴重なノウハウを蓄積したことでしょう。今後同種の問題を抱えるかも知れない市町村にとっては最重要な情報提供者となるに違いありません。今回の経験を活かして、このエリアを今まで以上の「夢の街」に育ててくれることを願います。

2011年3月23日水曜日

東日本大震災

信じられない光景でした。町の中を、船も車も家までもが流されてゆく・・・

新潟の時も神戸の時も、一瞬「映画?」と錯覚するような映像がテレビから流れて来たのを思い出しますが、恥ずかしながら、今回初めて津波の恐ろしさを知りました。もはや建築のレベルでなく土木を超える力が押し寄せてくる・・・なんという無力感

正式名称は「東北地方太平洋沖地震」のようですが、その後の原発被害の広がりもあり、東日本だけでも済まない様相になって来ました。ついに東京でも金町浄水場で乳児に不適なレベルの放射性ヨウ素検出の速報も。数値の変化を見守る必要がありますが、一時的なものであることを願っています。

思えば、大地震・大津波・原発被害は起こるときにはまとめて起こるはず、そんな当たり前のことも真剣に議論した記憶はありません。今も、大きな余震が来るかも知れないというのに、被災者になった場合の心構えは出来ていない体たらく。ただ節電協力・買い溜め自粛以外にできることも見当たりません。

中越地震の後、応急危険度判定士としてボランティア登録してあるものの出動要請は今のところありません。少し調べてみると、各地の青年部会では現地へ危険度判定に出向いていて成果を上げているようでした。しかしながら、被災地の行政が受け入れもままならないほど大変な状況であったり、道路やガソリンの確保が難しかったり、福島方面では避難エリア内に入れず引き返してきたりと苦労されているようでもあります。

そんな中で、長野の友人は500kmを越えて栃木の被災した建物修復に向かうとのこと、頭が下がります。避難所の簡易間仕切りシステムを展開しようとしている坂茂事務所の方々や様々な募金活動に協力されている建築関係者の皆さんからも「今なにかしなければ」の思いが伝わってきます。海外では台湾の友情あふれる募金活動や、被災したばかりのニュージーランドからの救援行動に感激しました。

今後の影響を想像する力もありませんが、今出来る事を考えつつ、只々震災の終息を祈るばかりです。

2011年1月28日金曜日

講習は誰のため

管理建築士講習の受講期限が近づいているという連絡が何度も来るので、重い腰を上げてようやく行ってきました。しかし、1日がかりのこの講習、一体何がしたかったのでしょうか。

9:30AMから4:10PMまでのビデオ講習の後、1時間の修了考査付き。テキスト参照可の試験など落とすはずもなく、高い講習料と出席を取られるだけの制度に大いに疑問を感じます。

管理建築士は建築士になってからの実務経験が必要で、建築士にも定期講習が義務付けられているのですから、管理建築士にだけ最低限必要な講習内容で十分なはず。しかしその内容は広く薄く・・・。要点に絞れば半日で十分終わりそう・・・いや、そもそも講習の必要性も疑わしい。必要な法改正の解説を郵送するだけで十分で、何度も送られてくる講習の案内など無駄です。

業界の講習には何度か参加しているものの、ただの一度も「参加して良かった」と思ったことがありません。長時間な上に講習料も高く実務に直接役立つとも思えないので苦痛でしかありません。その証拠に講習後に再度テキストを見たことが無い。テキストを読み返すことがないのは運転免許更新講習も同じですが、あちらのビデオの方が遥かに有意義で、短時間によくまとめてあると感心します。

昨年も、設計契約が「委託」か「請負」かの判断で話題になった裁判があり、業界の関心事の一つですが、最高裁で争う予定となれば結論は出ていない道理。講習では「両方の考え方がある」と素通りで、がっかりというよりウンザリでした。これではまるで素人の学生に講義する程度の内容。どうせやるならもっと具体的に、法律の専門家が現状どう対処すべきか解説するくらい気合を入れて欲しいものです。

講習を主催する側の経験から言えば、参加者がある程度見込めれば講習は確実に儲かります。大きな会場だったりすると、これでいくら儲けるんだろう、とついつい思ってしまう訳で、講習は誰のため?としばし溜息。消費者保護の名のもとに利権の臭いも消えない改正続き。行政と大企業しか生き残れない世の中へ向かうなんて・・・イカサないね。

2010年9月7日火曜日

研究所開所式

友人の会社の中央研究所開所式に呼ばれて行って来ました。9月になってもまだまだ暑い中、大勢の参加者が集まり心から祝っている姿はなんとも嬉しいものでした。友人の挨拶の後、研究所所長の挨拶、なるほどこれは優秀な人に違いない。人材に恵まれるのも全て友人の人徳のなせる技、なんとも誇らしい気分になります。

クリーンルームを見学の際、自社の技術を説明してくれる若手社員の顔もまた誇らしげ。我々とは桁違いの極小単位の世界で何のことやらよく解らないものの、次世代デバイスの研究をしているらしく、その技術の高さは折り紙付き。やる気に満ちた若い人の顔を見るのは嬉しいものです。

席を改め、大きな料亭で宴のひととき。門外漢の私たちにも挨拶してくれる出席者や関係者の皆さんは誰ひとりとして身構えるようなことがなく、驚くほどアットホームで和気藹々。飾らない人柄がここにも溢れています。

彼は笑いながら「この仕事は面白くてやめられないよ」と。
う~ん、こう言える人生って素晴らしい!

2010年5月16日日曜日

春の祭り

先週の神田祭に続いて今日は浅草三社祭。こちらは江戸三大祭には入らないものの知名度抜群、晴天に恵まれたこともあって大変な人出だったようです。

人力車のそばに鼻緒の千切れたワラジが落ちていたりと、担ぎ手の奮闘の痕跡も見て取れるのですが、神輿も大きくはありませんし、人出の割にはおとなしい印象。ひと頃問題になった「神輿の上に乗って煽る」のを禁止していることも影響しているかも知れません。神輿は神様の乗り物、禁止は当然と思うのですがそれ以前は勇ましかったですから。


浅草神社の祭りなのですが隣接している浅草寺が中心の町なので自然と雷門に眼が行きます。神輿は寺に続く参道の仲見世も通るので大提灯も上に畳まれています。お陰で、小さく見える神輿の向こうに現在修復中の浅草寺の屋根も珍しく見えていました。チタンで修復中の屋根ももうじきお披露目となりそうです。

神社は浅草寺の東隣にありますが、その境内の奥に小さなお稲荷さんがあります。被官稲荷というそうですが、あの新門辰五郎ゆかりの、小さいながら流れ造りの素敵なお稲荷さんです。ここまで足を運ぶ人も多くはないのですが、雑踏から少しだけ離れて落ち着いた気持ちになれる好きな場所です。

表通りでは何故か神輿と反対方向にカメラを構える人たちが・・・振り向いた先には、アサヒビールと区役所の間にスカイツリー・・・恐るべしタワーパワー。水上バス乗り場も改修中で、吾妻橋辺りはなかなかの記念撮影スポットになりそうです。

2010年5月5日水曜日

今から大賑わい

今年のゴールデンウイークは天気も良くフラリと通りかかったスカイツリー周辺は大変な混雑。本家東京タワーを高さで抜いてから連日マスコミに登場することもあって、川沿いの抜け道が縁日のような人出で賑わっていました。これも「三丁目の夕日」効果なのでしょうか。

ケータイをかざす人からプロ用カメラ持参の人まで、皆さん記念撮影に余念がありませんが、なにしろ370mを超えようという高さまで来ていますから近くに寄ったら全貌が入りません。周辺に比較する建物がないため、見た目の印象より高いことに驚いているようです。

連休に合わせてか「観光客」向けにソフトクリームなどを売るお店もオープンしたり、居酒屋さんが昼から焼き鳥を売り始めたり、なかなかの繁盛ぶり。普段は歩道脇に駐車する車もほとんど見られない表通りにもギッシリと停車中のハザードランプが続きます。

この混雑ぶりは当然予想されていたことですから「ようやく始まったね」と会話する地元の人も多いのですが、とにかく、塔というものは驚くほどのエネルギーを引きつけるものだと感じます。実はこれ、昨年のまだ目立たない頃の方がハッキリと分かりました。目に見えない不思議な吸引力がエネルギーを静かに吸い寄せ天に向かって放出するかのような錯覚を覚えたものです。

表通りに残る古い建物もこのスカイツリーパワーで徐々に生まれ変わっていくのですが、低い建物から突き出るように伸びるタワーの写真もやがて懐かしいものに変わるはず。少し前に取り払われた商店街のアーケードが写っていたらもっと懐かしく思えたに違いないのですが。永く代わり映えのしなかったエリアが動き出し、望む変化と望まぬそれが同時にやって来る・・・黒船に喩える人がまた一人・・・そんな下町風景でした。